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佐々木 裕子

変革屋。人、組織、そして社会を変革するために株式会社changeWAVEを設立。「地方創生協働リーダーシッププログラムMICHIKARA」の発起人及び事務局リーダー。

山田 祟

長野県塩尻市職員(企画課シティプロモーション係)。内閣府地域活性化伝道師。
2012年より空き家から始まる商店街の賑わい創出プロジェクト「nanoda」を開始。
2016年より「地方創生協働リーダーシッププログラムMICHIKARA」を始動。

About BACKSTORY

MICHIKARAは、どのようにして生まれたのか。

 
山田 MICHIKARAが始動して1年が経ちました。私たちが出会って1年でもありますね。
 
佐々木 2015年9月に開かれたコクリ!キャンプ(地域、日本、世界の未来を見据えて“日本レベルのコ・クリエーション”を起こす場)の中で、「都会の20代~30代をどのように地域に巻き込めばよいか」というテーマで盛り上がったことが、MICHIKARA始動のきっかけでしたね。
 
山田 当時は、1年後にこうなっていたい、というビジョンはなかった。もっと言うと、グッドデザイン賞に応募したり、世に広めたいって気持ちも当時はなかったと思います。
 
佐々木 当時、不思議に感じていたのは「なぜ、首都圏で働く優秀な人材が地方に対してその力を発揮できないでいるのか」ということ。普段は変革屋として、次世代リーダー研修をやっていて。その中で、個人面談もするんですよね。「地元はけっこう田舎で、いつかは帰りたい」「でも、どうやっていいか分からない」と言っている優秀な方が数多くいたんです。ボランティアや移住という方法もありますが継続性という点で限界がありますし、リモートオフィスや故郷テレワークを実施したとしても本当の意味でのインパクトは残せない。そこで短期間で且つインパクトを残せる方法として、2泊3日の協働リーダーシップ研修を思い描いたんです。リーダーシップ研修という立て付けであれば、首都圏で働く優秀な人材を群単位で地方に連れていけます。幸い、2・3日であれば人が出せると答えてくれるクライアントもいましたし。あとは、強い意志を持っている市役所側の受け入れがあれば、やれるんじゃないかと思いました。
 
山田 実は、首都圏の方への研修受け入れ自体は過去にやったことがあったんですよ。でも、塩尻市に強いインパクトが残せたかというと、そうではありませんでした。変化が起きなかったんです。
 
佐々木 それでも、この素案を話した時、強く共感してくれましたよね。その理由は?
 
山田 ササヒロさん(佐々木)が、ただやることにコミットしているんじゃなくて、必ず変化を起こすことにコミットしている人だったから。だからこそ僕も市役所を群として巻き込んでいこうと思えたんです。
 
佐々木 私も同じです。「これ変えたいです!」って言ってくれるヤマちゃん(山田)とだったら、一緒に変えていけると思えました。
 

佐々木×山田01

 

About PROJECT

MICHIKARAは、何を解決したのか。

 
佐々木 MICHIKARAは、市が抱える地域課題を、首都圏企業の若手社員と協働で解決する立て付けです。特に素晴らしいのが、市の5つの課題について議論し、解決策を小口利幸市長に直に提案でき、提案事業は9月以降の事業評価、予算査定を経て、来年度予算案に反映される点だと思っています。実際にプロジェクト化していく中では、何が成功要因だったんでしょう?
 
山田 有難かったのは、仕様書を一緒につくっていけたことだと思っています。仮説をたてた上で、仕組化できた。
 
佐々木 5つの課題のテーマ選定と、期待する成果と取り組む理由や背景を一緒に具体化していきましたね。
 
山田 はい。他には「動く人」を巻き込めたことでしょうか。目に見えるレベルで変化を起こそうとしたときに、行動力・影響力・拡散力を持っている人と一緒にコトを起こす必要があると改めて感じました。市役所で言えば経営幹部。インパクトが大きく動く10人をリストアップしていきましたね。最終的には市長も巻き込み、前例のない一大プロジェクトへ……。市の中長期計画である行政経営システムに組み込まれたことも画期的なことでした。
 
佐々木 うん、そうでした。その結果、2016年1月に「第1回地方創生協働リーダーシッププログラムMICHIKARA」が開催されました。どう? 何が変わりました?
 
山田 まず、一人の人として気づきがある3日間でした。こんなに新しい気持ちになれるなんて…。バックボーンが違う人同士が組織の枠組みを越えてチームを組むわけだから、当然軋轢も生まれます。それでも皆、昼夜問わず必死になってプランを練り上げていました。その上で2日目の中間報告。ササヒロさんたち事務局メンバーに徹底的にチェックをしてもらう、というか追い詰めてもらいますよね(笑)この時間のおかげで、とことん絶望するんだけれど、チェックは本質的だし愛情もたくさん感じるしで、不思議と逃げ出そうとは思わない。
一方で、刻一刻と市長への最終プレゼンの時が迫ってきます。こうなるともう、一皮むけるしかない。無事にプレゼンが終わった後、涙を流す人が続出したのは、自分の成長を肌で感じられたからだと思います。
 
佐々木 そうですね。民間だろうが行政だろうが新しいことが生まれるときって、人が新しくなるしかないんだと思います。
 
山田 MICHIKARA後、係長やメンバーから“今まで聞いたこともないような言葉”が聞けるようにもなりました。「俺たちはやるぞ!」「こんなにできることがある、あとは行動するだけ」って。本気で地域課題に向き合い市長に提案したこと。そして圧倒的な熱量を持つ民間企業と協働できたことで、明らかにスイッチが入りました。しかも、2016年6月の第2回MICHIKARA開催から3ヵ月経っていますが、今もスイッチが入り続けているんです。
 
佐々木 大きなインパクトが残せたと思います。現象としては他に何か変わりましたかね?
 
山田 言葉だけじゃなくて、行動も変わりましたね。皆、立場関係なく仲間・同志のように働いている気がします。その分、仕事の質もクリティカルになったかもしれない。「なぜ?」「具体的にすると?」「いつまでに?」という会話も増えましたね。あと、民間企業の方との協働ノウハウもたまりました。役割を明確に切り分けるなど、仕様書の質も上がりました。人材開発という面で、確かな手ごたえを感じています。
 
佐々木 すごい! 嬉しいですね、ヤマちゃん。でもこれからですね。あと、もちろん自分が成長するっていうのも大事なんだけど、自分が成長するだけで終わりと感じる人もいませんでした。「本気で関わろうと思っているので、今後も塩尻に来るつもり」と話す参加者もいました。
 
山田 最高にうれしいことです! 提言施策である「新体育館プロジェクト」「おそうじフェスタ」「子育て女性の復職支援プロジェクト」「森林」「ICTの産業集積」など、職員も実現するということを大前提にして施策を作るようになっています。本当に、これからです。
 

佐々木×山田02

 

About ACHIEVEMENT

MICHIKARAで、社会はどう変わるか

 
佐々木 あと、この1年で生まれた波及効果に関してはどう思いますか?
 
山田 領域や肩書を超えて、仲間ができました。たとえば、ソフトバンクの源田さん(ソフトバンク株式会社人事本部)とタッグを組んで「地方創生インターン ~TURE-TECH~」を仕掛けました。リクルートさんとも協働する機会が増え「WILL」や「Spirit」といったインターンシップを一緒にやりました。今現在も関係性は続いていて、麻生さん(Media Technology Lab. 室長)達とは、さらに塩尻に人を送り込む策を練っています。
 
佐々木 インターンの波及効果って、どういうところにあるんでしょう?
 
山田 信頼ある大企業が塩尻をフィールドにプログラムをしたインターンシップですから、シティプロモーションの面でも効果があったと思います。「すごい経験ができた」っていうことを、東京で発信をしてくれるんです。今まで大学生に塩尻を知ってもらうなんて、簡単に実現できないことだったので。
 
佐々木 確かに変化の波がどんどん広がっているように思います。私は変革屋さんなので、世の中を変えたいんですよね。世の中を変える登り方って幾つかあると思うんですけど、日本の場合は「地方がどれだけこれから変わっていけるか」が大きいと思っていて。人口は首都圏に集中していく中で、いかに地方をクリエイティブに変えられるか。その面での可能性が広がっていることに喜びを感じています。
 
山田 なるほど。
 
佐々木 且つ、楽しいのは、同じビジョンに純粋に共感して、楽しみながらやってくれる面白い人たちと事務局が作れていることだと思っていて。しかも、誰一人として短期的な自己利益を取りに行こうと思っていませんよね。もちろん民間企業も人材育成の観点で投資はしてるんだけど、自社の人材だけ育成できれば良いなんて微塵も思っていない。「こういう風に世の中変わっていったらいいよね」と共感しあえる仲間がいるから、波及効果が高いんだと思います。
 
山田 全員が本気で楽しんだから、短期間で成果が出たのかもしれませんね。
 
佐々木 市役所側にも本気度があったから成功したんですよ。市長・副市長・各部長も、そして事務局の人たちも、全員が高い熱量で運営をしてくれました。温度感が異なると、参加メンバーに見透かされてしまいますから。それに、私一人では絶対にできなかったことでもあります。仲間全員が垣根を越えて関係しあえた。それぞれが重要なピースとなって共創しあえた。だからこそ、グッドデザイン賞にも繋がったんだと思います。
 
山田 本当にそう思います。これからは、布教させていかないといけないかなとは思いますよね。MICHIKARA伝道師みたいな感じで。メンターとして全国を周りたい。
 
佐々木 それはやった方がいいと思います! グッドデザイン賞受賞も出来たし、どんどんオープンイノベーション化していきたい。その方が、世の中がもっとスピーディーに変わっていくと思います。
 

佐々木×山田03
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